2006.8.29

SLOW TRIP 2006 No.08「生き続ける僕 インサイド・オブ・ザ・グランドマザー」


故郷「釧路」の旅の終わりの章のことさ。


僕の両親が大切にしている庭は

いくつも表情をもっているから好きだ

ほんの一部を見れば「それ」はわかるよね。

トラマルハナバチも元気だ


お昼過ぎ、老人施設に入っている おばあちゃんに会いに行った。

僕は初めてここに来た。

もう何年も会っていない、おばあちゃん。

「どちらさんですか?」って

最近じゃ、自分の娘のこともわからない日もあると言う。

生まれた時からずっと一緒に暮らした孫のことも、もうわからないと言う。

明るい陽の光が差し込む広間、おばあちゃんがいた。


「けんちゃんかい!」

すぐに、手を握りしめてくれた。

はしゃいだように喜んでくれた。

10年近く会わなければ僕の風貌も変わっているだろうに、

髭も蓄えていたし、

なのに完全に僕はおばあちゃんの中に生き続けていた。

いつも優しいおばあちゃんの中

僕はしっかり生きていた。


帰る時、僕が見えなくなってもこっちを見てくれてた。


次は釧路湿原を一望出来るところへ行った。

「おじいちゃん」と、お父さんの友達「ガミさん」が眠っているんだ。

帰り際にシマリスが現れた

お母さんがソロリソロリと追いかけてた。

「おちおちとハマナスの実も食べられないぜ」

って顔してた。

帰りに実家の近所の浜辺「岩見浜」に行った。

小さい頃からよくここへ来たものさ。

潮が引くと格好の遊び場になるんだ。

毛ガニの子や、カジカの子、ツブの子と

暗くなるギリギリまで遊んだものさ。

紛れもなく

「故郷」は「故郷」であり続け

「友」は「友」であり続け

「家族」は「家族」であり続け

「場所」は「場所」であり続けてくれた。

だから

「僕」は「僕」なんだな。

何をあたりまえのことを、って?

そう言うなかれ、普段なかなか

「生かされている」

って思わないものじゃないですか。


旅はまだまだ

続きますよ

KENICHI KIKUCHI "SLOW TRIP 2006 No.08"