storia #06 「ファースト・カー」

ある晴れた日曜日
父と母そして僕を乗せたスバルの軽は
地元釧路で中古車屋が集まる星ヶ浦と呼ばれる方へ向かっていた。

「ファースト・カー」

この響きや思い出が特別になるのは大抵何年も過ぎてからだ。
この時点ではただの「一番最初に買う車」でしかない。

高校の仲間の中には卒業と同時に親から車を買ってもらう仲間も少なくなかった。
納車前の新車のGX81型マークⅡのカタログを見てニタニタしてる奴。
僕らのグループは分厚い中古車雑誌から就職先の安い初任給でも支払っていけそうな車を探した。

僕は美しいクーペのスカイラインかズィー・カー(フェアレディZ)が欲しかった。
Zに興味があったのは小学校の通学路にいつもあったオレンジ色の130型Zが好きだったから。
一番好きな当時現行の HR31型 7代目スカイラインGTS 2ドアクーペは 市場価格 250万オーバー
フェアレディZで一番欲しいのは現行の200ZR。これも300万近い。
「角張った初期型(カラスマスク)のZ31なら買えるかな、。」
毎日ペラペラめくっては友達とあーだこーだ言い続けてきた。

美しい写真が掲載された雑誌と違って中古車屋で見る

年数の経過したZ31(1983〜1989)は想像よりも古めかしかった。
S30型Zのようなアンティークを醸し出すのでもなく
なんとも言えない中途半端さが80年代初期〜中期の車にはあった。
ウレタンバンパーや味気ない内装にそれを強く見た。

両親たちもいかにも危険そうなZには難色を示す。
まぁ、一銭も出してくれないのだから関係はないのだけれど(笑)

しかしどこで見る初期のVG型エンジンを積んだZはどれも程度がよろしくなかった。
そんな中、高くて無理とあきらめていたHR31型スカイラインGTSのガンメタリックの2ドアクーペを見つけた。

1オーナー、無事故車。前期型とは言えあきらかに安かった。

「んっ!?」
リア・ウインドウにワイパーがない、。
リアブレーキがドラム??

2ドアのGTSには珍しいシングル・カムのRB20E型エンジンを積んだモデルだった。

当時の僕が車に求めていたのは子供の頃から思い浮かべてたスタイルの良さ
S13シルビアも登場し勢いを増していたツインカムにターボ、スーパーチャージャーには興味が無かった。
ましてや2000cc以上は税金が高くて買っちゃいけないと思っていた。
胸がすくような速い車に乗ったことも無かったし。
確かに高校での車選びの友たちとの議論では「速い車」を求める仲間もいたけれど。

「決まりだ」

GTSの2ドアクーペが僕のものになるなんて夢にも思わなかった。

一緒に見た両親の印象も良かった。
ガンメタリックのボディカラーは落ちついて見えたし
フロントにはオートスポイラーも付いていない。
純正のリアスポイラーさえもない。
前期型のフロントグリルはあまり悪い顔に見えない。
内装は当時のスポーツから脱線気味のスカイラインらしく
当時で言う都会的な絶壁コンソールも室内を広く見せた。
2by2が用意されているとは言えフェアレディZのそれとは比べものにならない
リアシートも持っていた。

「GT (グランツーリズモ)」だった。

そもそもGTとは速いスピードで長距離旅行に耐えうる乗り物と言う意から
パワフルなエンジンを持ちつつ快適な空間を有したクーペやスポーティーセダンをさす言葉となっていた。
Zは欧米車の純粋なスポーツカーとは違うかもしれないけれど
大抵の日本人はスポーツカーであると認識しているだろう。
ここでZを選んでいたら僕はスポーツカーまっしぐらだったのかもしれない。
けど選んだのは非力な2000ccエンジン(130ps?)を積んでるとは言え
スカイラインGTSだ。

子供の頃から一番のお気に入りだったスカイライン2000GTを手にした。

 

まだ仮免しか受かっていなかったけれど。

KENICHI KIKUCHI " la mia Gran Turismo #06"

story #07 「グラデュエーション」





スカイラインGTSの中古を購入するときに僕はお店の人にある注文をつけた。

親をも安心させるその地味なクーペを本来の美しさにしたかったのだ。

先ず前期型のフロント・グリルは鋭い顔になった後期型へ変更
まだR30型を引きずっていた前期型のテール・ランプはスモークのかかった後期型へ
オートスポイラーのないうすいフロントバンパーには
GTS-R純正のリップリポイラーを装着
リアスポイラーも後期型の2ドアクーペ用純正装着。

これを条件に値引き交渉開始。

僕は小学校6年生の修学旅行、お土産店での値引き交渉成立(貝で作った親子亀の置物)以来
値引き交渉のプロになっていた。
友達に「KENちゃん、あの店値引き交渉お願い〜」と頼まれるほどに。

プラス、
ホイールは店舗に積んであったボルクレーシングのメッシュタイプをサービスしてもらった。

いろいろ注文したので納車は時間を要した
おまけに付けたばかりのリアスポイラーが中古車屋で盗まれるトラブルもあった。

さぁ、問題の免許取得だ。

自分の乗ることになる車が決まると、あきらめかけてた心にまた陽が射した。


けれど、また本免試験を落とされた。

「あせり」

高校卒業式当日

男女共学でもないのであっさりしたもんだ。

男子校は汗臭いがさっぱりしていていい。
シンプルでいい。
3年間通って良かったと思った。
硬派になったとかそういうのではなく
本物と偽物をより嗅ぎ分けられるようになった気がした。

はじめは怖かった
工業高校は市内中の各中学から悪いヤツらみんなを寄せ集めたような場で
登校初日からイスで殴り合う喧嘩が教室で起きていた。

けど、番長格にのし上がるヤツでもその魂(たま)じゃないヤツは
すぐに蹴落とされるのを見た。

ハイ、あんた偽物ボコスカ、ハイあんたも違うボコスカ、、

最後に残ったのは義理人情にあふれ、ユーモアに優れ、かつ喧嘩もやたら強い男。

こりゃ面白い。

僕はまわりの動きおかまいなしにバンドとバイトに夢中だったけれど
ちょっと大人の世界に足突っ込んでいて一目置かれていたのか
たいていの仲間とすんなり仲良くなれた。
とにかく3年間通って良かった。

式が終わるとみんな近くに停めてた自慢の買ったばかりの車を見せ合い、
そしてそれぞれの愛車に乗りそれぞれの人生へ
散ってゆく。

この日は悔しかったな。


昨日納車されたばかりのスカイラインが家にあるのに

 

仮免しか持っていないのだから。

KENICHI KIKUCHI " la mia Gran Turismo #07"

storia #08 「バッド・ムーン・ライジング」

「バッド・ムーン・ライジング」

また落とされた、。
3回目の本免許取得試験に落とされた。

家の車庫には届いたばかりのスカイラインGTSが眠っている。
エンジンをかけては部屋へ戻り、
またエンジンをかけてはため息をついて部屋へ戻った。

まるで小学生の頃に戻ったように車庫の車へ行き来した。

けれど違うのは友達がしているように車を運転しても良い年齢になっていること。

ある悪い月が昇った夜
僕はギアを1stに入れサイドを引いてスカイラインを車庫から出した。

右へ曲がり、そして左へ曲がり
2ndに入れて少し直線を走り
また長い道路が続く右へ。

ちょっとした山道へ走らせてすぐに戻った。

無免許運転

次の日も悪い月が昇った。

その次の日助手席に友達を乗せた夜も悪い月が昇った。

いつもの山道へ侵入する頃にはGTSのエンジンの回転数はするどく回り唸った

目の前をゆっくり走る車を次々抜いた
そしてまた目の前の車を抜いた瞬間、

それはパトカーであることに気づいた。

大それたことをする割に小心者の僕は
無免許で速度超過の上パトカーを抜き去った罪の意識に耐えきれなくなり
路肩に停め自首を覚悟した、。

後ろから迫るヘッドライトを待つ間の数秒間
胸が張り裂けそうに心臓が脈打った

「ウォーン、」

路肩に停めた僕の車の横をさっきのパトカーが通り過ぎた。

助かった、。

けどもう二度とこんな馬鹿げたことはしちゃいけない
と誓った。

翌日、就職のギリギリまでバイトを入れていた僕は3日間の休みをもらった。

みっちり運転講習を行いに教習所へ通った。

そして本免許取得路上試験

いつも鬼のようにオーバーアクションで怒鳴り散らす
年老いた試験官はいたずらに笑った


「おめでとう、一人で路上に出ても安全運転でな」

KENICHI KIKUCHI " la mia Gran Turismo #08"

 

storia #09 「ザ・クラッシュ」

お気に入りのキーホルダーにつけたエンジンキーを軽快に掴み、玄関を出る。

僕の車、スカイラインGTSクーペは想像した通りの美しさだ。
中古車屋で初めて見たそれとは全く違う戦闘的なスタイル。

どこへ出かけても楽しかった。
毎日50km以上走ってから帰った。
彼女が車に嫉妬するほど夢中になった。

その楽しいのもつかの間 交差点で対向車と事故を起こしてしまった。

初めての交通事故、何がなんだかわからなかった。
けど、今思い起こせば僕の不注意からの事故だったんだろう
幸い双方怪我の無い軽い接触事故で良かった。

ドアからリアフェンダーにかけて損傷したスカイラインは修理工場へ送られた。
相手方にもスカイラインにも悪いことをした。
ごめんなさい。


そして再び甦ったスカイラインで再び走った。
タイヤはポテンザRE71を履いていたせいか
コーナリングは大きなボディの割に良かった。

まだ雪が積もる冬のこと
友の働き先のマスターが所有しているKPGC10型スカイラインGT-Rを
見せてくれると言うので行くこととなった。

行く途中、路肩の雪山に突っ込んで動けなくなった軽四に遭遇した。

「この雪でスリップしたんだろう」

北海道の冬道ではよくある光景だ。
僕と友は車を停め雪山から車を押し出すのを助けた。
やけに陽気なドライバーに感謝され
また車に乗り込み先を急いだ。

赤信号で停車しているとバックミラーにうつるヘッドライトがみるみる迫ってきた

「ヤバい!」

1stにギアを入れたときにはもう遅く激しい衝撃が襲った、。

先ほど助けた軽四が全速で衝突して来たのだ

額を割って血を流す中年ドライバーは幸い無事で救急車を手配した。

近づいて初めて僕は異変に気がついた

「酒くせぇ、。」

なんてことだ!


せっかく修理から戻ったスカイラインはまた修理工場へ送り戻された

KENICHI KIKUCHI " la mia Gran Turismo #09"

 

storia #10 「スーサイド・マシーン」

 

無惨にテールが破壊された僕のスカイラインが帰ってきた。

ダメになったリア・スポイラーをトミーカイラ製に変更し
ボディ・カラーもGTS-Rや トミーカイラM30&M20と同じダークブルーに全塗装した。
おまけにトミーカイラのデコ・ラインを入れM20仕様になった。
古いボルク・メッシュではバランスが悪くなったので
ホイールも奮発してBBS RSに変えた。

かっこ良かった!
今でもあのスタイルを思い出すとゾクゾクする

 

ところで毎晩遊びにくる友の「ファースト・カー」は
黒のホンダ シティ・ターボ(1982)。

初めてのターボ車との遭遇は衝撃的だった。
わずか700Kgそこそこのボディ(今の軽四より軽い)に
5,500回転で吐き出すターボの100PSは強烈な加速だった!

確かに2名乗車のシグナル・グランプリで負けた記憶がない。
ただし100Kmまでだけれど。

こんなことがあった。

僕と友はある種クレイジーで単純なため簡単にハイになれた。
ある夜の街の交差点でソアラの族車を馬鹿にしたのを
フル搭載していた四人の怖いお兄さん方に気づかれてしまった。

その後はもう大変、シティ・ターボで逃げる逃げる、
コーナーダッシュで引き離しても
ストレートで追いつかれてしまう。
本当に100Km以上は伸びななかった!

結局追いつかれた僕らの結末はご想像にお任せするとして
この頃になるとスピードに興味を示した。
スピンターンなどキビキビした走りにも興味を示した。
ある雨の夜シティ・ターボで全開走行中そのままサイドブレーキを引いて
横転させたこともあった。
(修理費をローンで友に支払った。スマン!)

サイド・ウインドウに僕らの神 Bruce Springsteen のシルエットを貼っていた友のシティ・ターボ。
最高だったな。
なぁ、友よ!

 

その頃、レンタルビデオ屋にあるビデオが並んだ。

そのタイトルは

KENICHI KIKUCHI " la mia Gran Turismo #10"